君が君であるが故に、こんなにも苦しいのだと思う。



『リセット』



ある人物を出会ってから、これまでの間、人類の中で最も嫌いだと決めたとする。
そのこれまでの間が長い長い歳月だと考える。
そうして、その長い歳月を経た今、突然その気持ちを翻すことは、可能だろうか?
そういって、隣で座って煙草を吹かしている男を見やれば、一瞬訳が分からないとでも言いたげに眉根に皺を寄せられた。
それに苦笑しつつ、「ばからしいのは俺も分かってるよ」と自分の発言にフォローを入れてみる。
しばらくの間は怪訝そうに見つめてきた視線が、ついっと窓の外に視線を外す。
きっと、言葉の意味を理解したのだろう。
彼は単細胞ではあるが、勘は鋭い。
サングラスの向こうにある目を細めて、ゆっくりと紫煙を吐き出した。


「そりゃ、周りがビビるだろうな」


思わぬ方面からの回答。臨也は僅かに目を見開くが、すぐさま諦めたように視線を細める。
臨也は、隣に座る男、静雄よりも頭はいいし、鋭い。
周り、かぁ。などと静雄の言葉を反芻させるように呟く。


「シズちゃんにしては、鋭いね」
「馬鹿にしてんのか」


冗談めいて笑うと、こちらを見ることもなく小突かれる。
トンっ。という柔らかい音が合うようなその動作は、彼の心境の変化をありありと示していた。
今までだったら、骨が折れるのではないかと思うほどの力でどつかれるところだ。
臨也に対して「力の加減」を知った今、静雄からは今までのような殺意は感じない。
だが、それでも臨也は彼の口から自分への好意を表す言葉が紡がれることはないだろうと理解している。
彼も自分と同じなのだ。変化に呼応できていない。
当たり前だろう。今までは、お互いがお互いのことをあんなにも憎んでいたのに。


「好きだよ。シズちゃん」
「………」


囁いてやれば、彼が困ったような顔をすることも知っている。
臨也自身はその変化を割り切ることに成功しているからこその違い。
臨也は容易くその言葉を紡ぐが、静雄にはまだ無理だ。
そういったことに不慣れ、ということもあるだろうが、それ以上に今までの感情が邪魔をする。
嫌いだったのに。嫌いだったのに。

あからさまにうろたえ、視線を彷徨わせる静雄に苦笑をこぼし、
最初から返事を期待していないとでも言いたげに、臨也は静雄から視線をそらす。
嫌いだった年月が長過ぎた。
周りは未だに自分たちが嫌い合っていると思っている。
自分たちもまた、心の底から忌み嫌い合っていた時期を完全に忘れられない。
思い合っているのに、その間にある壁が越えられない。
なんという悲劇。いや、喜劇だろう。と臨也は苦笑する。





「…やっぱり、死ななきゃ駄目なのかな」





誰にも聞こえないように、呟く。
今の自分たちが駄目なら、死んで、生き返って、別のものにならないといけない。
平和島静雄という一個体と、折原臨也という一個体が交われないというのなら、
別のものになるしか、道はないのではないか。
臨也は死後の世界も天国も地獄も信じてはいない。
だが、ふと過ったその考えに、ああそうかもしれない。と納得してしまうことに矛盾を感じていた。
その矛盾をただそうともせずに、臨也は笑う。
ああ、そうだ。死ななければならない。
お互いでなくてもいい。どちらか一方が変われば、自分たちはきっと交われる。







「…臨也?」


ゆるりと、緩慢な動作で立ち上がった臨也を、いぶかしげに静雄が見上げる。
見上げたそこには、いつものように作り物のような笑顔が浮かんでいて、一瞬静雄はひやりとする。
嫌な予感はする、が、逃げられない。
ソファに浅く腰掛けていた静雄を、ゆっくりと背もたれに押し付ける。
ソファに乗り上げ、臨也に馬乗りされ、静雄は逃げ場を失う。
ただただ、青いサングラス越しに、臨也の赤い瞳を見つめる。
薄っぺらいガラス越しに映るその瞳は、濁って見えた。
ギシリ、とソファが悲鳴を上げる。
赤色が、すぐ、そばにあった。





ドスリ、という鈍い音。





僅かに走った痛みに、不意に懐かしさを覚えた。
腹部あたりに突き立てられているだろうそれを見ようとしても、臨也が邪魔で見ることができない。
確認するまでもなかった。ナイフは今まで同様、静雄の腹部を貫通できずに、皮膚のところでせき止められている。
こいつは、こんなことでは自分は殺せないと知っているのに。
むしろ何故今、このタイミングで刺されたのかがよくわからない。
臨也。と名前を呼ぼうとして、せき止められた。






「これで、死んだんだ」






意味が分からなかった。
感覚と今までの経験で、静雄がこれしきのことで死なないと分かっているだろうに、
どこか嬉しそうに、臨也は呟く。死んだ。と。
おそらく本気で突き立てたのだろう。
だが、以前のような禍々しい殺意は感じられなかった。
そんな、凶刃。





「これで、シズちゃんは死んだんだよ」





その言葉は、静雄に向けてではなく、臨也自身が自分に言い聞かせているように感じた。
静雄の首筋に顔を埋めるようにしている臨也の表情は読みとれない。
静雄は、静かに手に持ったままだった煙草を灰皿でもみ消した。


「死んだんだ」


臨也がゆっくりと手にしていたナイフを放ると、急に顔を上げ、手早く静雄からサングラスを取り去る。
裸眼で見た赤い瞳は、やはり澱んでいた。
だから、と、呟かれると同時に、ゆっくり口づけられる。
酸素が薄くなり、ぼんやりとし始めた脳内で、なんの前触れもなしに、ああ。そうか。と呟くと、



    fin


 


   *****
    個人的には凄く甘いイザシズです(笑)
    適度に病んでいる臨也は好きですよ。




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